「寂聴訳 源氏物語 巻八」(紫式部/瀬戸内寂聴訳)

天然フェロモン人間vs人工フェロモン使い

「寂聴訳 源氏物語 巻八」
(紫式部/瀬戸内寂聴訳)講談社文庫

源氏の没後、後継者は
匂宮と薫の二人と目されていた。
二人の娘とともに
宇治に隠遁していた
源氏の異母弟・八の宮の
噂を聞いた薫は、彼を敬服し、
宇治を度々訪問するようになる。
姉の大君に
薫が思いを寄せる一方、
匂宮もまた…。

寂聴訳源氏物語も、
巻八でいよいよ新世代が主役です。
巻七の「匂宮」の帖で
すでに登場しているのですが、
薫と匂宮の二人が
源氏亡き後の源氏物語の主役なのです。

薫は、女性を魅了する体臭(芳香)を
放つことができるという特異体質です。
源氏を含め、この当時の人たちは、
自分の着物に香を焚きしめて、
自分の個性を匂いで表す習慣があり、
誰しもが人一倍気品のある香を、
人一倍香るように工夫していたのです。
薫の場合はそれが身体から
自然発生してしまうのですから、
平安の時代に
最も適応した体質といえます。
そしてそれが
かなり離れた場所まで届いてしまい、
女性をとことん魅了するのですから
たいしたものです。
今流行の漫画風に言えば
「フェロモン人間」なのです。

匂宮は、薫に対抗して、
ありとあらゆる特別仕立ての
香を調合しては、一日の仕事の大半を
薫香に費やすという「薫香家」です。
その特技を持って
源氏ばりの色男として活躍するのです。
つまりは「人工フェロモン使い」と
いうべきでしょうか。

巻八は、この香りかぐわしい二人の
好敵手対決となっています。
舞台は宇治、
八の宮の二人の娘をめぐる
色恋騒動です。

さて、この八の宮、
源氏の須磨隠棲の際、
源氏が後見人となっていた
当時の東宮(後の冷泉帝)
追い落としのための対抗馬として
担ぎ上げられ、源氏政界復帰後は
一転して冷遇された、
悲劇の人なのです。

こうした人物配置が見事です。
新展開に入った途端、
新しい登場人物が次から次へと
出現するようではいけません。
それまでの筋書きの因縁を活用し、
そこで活躍していた人物を
再び登場させて生かし切る。
紫式部の技巧が光ります。

さて、薫は
長女・大君に一途な恋をします。
途中から精神的な恋愛だけでも
いいとまで言い切ります。
一方の匂宮は次女・中の君に
惚れ込みます。
薫の画策で、
匂宮は中の君と結ばれるものの、
薫は大君の心を
つかむことができません。
薫は大君に対しては
自制心が強烈に働き、
合意の上でないと
事を運ばない(運べない)のに対し、
大君は結婚に対して恐怖、
いや憎悪をもっているのですから、
絶対に結ばれるはずのない
二人なのです。

「天然フェロモン人間」対
「人工フェロモン使い」の
華麗なる芳香平安対決、
第一幕は匂宮の勝利といえそうです。
そうです、男は「芳香」が大切なのです。
よし、私も「芳香」を出しまくろう。
そう思っても体から出てくるのは
加齢臭ばかりです。
ああ…。

(2020.11.25)

S. Hermann & F. RichterによるPixabayからの画像

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